クリスチャン生活にポイントを置いた説教を目指して

 

平和の主

IIテサロニケ3:1618

今年度は「再臨の主を待ち望む教会」を年間テーマとしてテサロニケの手紙を学んだ。テーマ聖句はIテサロニケ5:23で、そこには「平和の神」が聖徒を主の再臨の時までに「全き者」とされるようにとのパウロの祈りがあった。テサロニケの締めくくりとしてパウロは「平和の主」が聖徒に平和を与えて下さるようにと祈る。「平和の主」は過去と現在と未来に於いて聖徒に平和を与えるお方である。パウロの手紙は冒頭の挨拶が「恵みと平安があるように」で始まることが多いが、この最後の部分にも「恵み(18節)と平安(16節)」を見ることができる。

 

平和を与える主。

主は先ず「神との平和」を与えられた (ローマ5:12)過去。罪により敵対関係にあった私たちはキリストの十字架による罪の贖いと赦しを得た(エペソ1:7)。それにより「神との平和(和解)」が与えられた(ローマ5:811)。

 

主があなたがた全てと共におられるように(16節)」はインマヌエルの主を示している。主は「インマヌエルの主(マタイ1:23、イザヤ7:14)」として教会(聖徒達)に平和を与えてくださる:現在。聖徒には「赦された罪人」としてとして互いに赦しあうことが望まれている(コロサイ3:1314)。「平和の主」が御霊により共におられるなら聖徒たちは「どんな場合でも(16)」赦しあうことが出来るはずである。

 

主はやがて「平和の君([]イザヤ9:6)」として全世界に平和をもたらすために戻って来られる(ゼカリヤ9:910)未来。歴史の中で世界の国々は互いに争ってきた。人間の歴史は戦いの歴史とも言える。今も争っている(政治的、経済的、軍事的)。しかし、再臨の主はやがて御国において世界中の人々を正しく治められる(詩篇2篇、特に78節)。

 

恵みを与える主

1)「平和の主」は豊かな恵みをもって聖徒たちと共にいてくださる(インマヌエルの主)。上記の聖書箇所にも「恵み」が強調されていた。私たちは神の一方的な恵みにより救われ(エペソ2:89)、「永遠の望みと素晴らしい望み」を頂いた(IIテサロニケ2:16)。2)神の恵みがなければ聖徒の信仰生活は不可能である。神の恵みによって私たちは既に「全き者」(テーマ聖句)として扱われている。故に、聖徒は「神の子ども」また「全き者」としてそれに見合う生き方(古い人を脱ぎ捨て新しい人を着る)に努めるのである。

 

「平和の神」が備えて下さった「平和の主」の豊かな恵みの中で「全き者」に相応しく信仰生活を歩む者でありたい。